もう一つの栃木
命をかけた移住と開拓
栃木県足尾銅山の鉱毒流出と幾多の大水害に端を発した北海移民団の歴史
明治44年4月7日、栃木県下都賀郡南部7町村の鉱毒と水害による生活困窮者二百数十名の一団は小山駅から北海道サロマベツ原野に向けて出発しました。
栃木県庁の吏員から「南向きで肥沃な大地」と聞いていた土地は、東、南、西を山々に囲まれた北面斜面に位置し、平地が少なく標高の高い大地でした。
オホーツク海からの北風がまともに吹き込む佐呂間町内で最も雪解けが遅い場所。
佐呂間町字栃木。ここが「もう一つの栃木」なのです。
佐呂間町栃木「開拓入植の資料集」
『もう一つの栃木』
『田中正造翁没後百年記念式典用資料』
企画財政課企画係
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